京都・北野天満宮前の奇跡。カステラ一本で200年、喧騒を拒み続ける老舗の矜持

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京都・北野天満宮前の奇跡。カステラ一本で200年、喧騒を拒み続ける老舗の矜持
京都・北野天満宮前の奇跡。カステラ一本で200年、喧騒を拒み続ける老舗の矜持
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🎵 京都・北野天満宮前の奇跡。カステラ一本で200年、喧騒を拒み続ける老舗の矜持

越後屋 多 齢 堂の引き戸をからりと開けると、外の今出川通を走る市バスの重い排気音がすっと遠のく。鼻腔をくすぐるのは、新鮮な卵と砂糖が熱を帯びて混ざり合う、気取らない甘い湯気。天保元年の創業からおよそ200年。北野天満宮の大鳥居から西へ歩いてすぐの場所にあるこの店には、華美な看板も派手な電飾もない。棚に整然と並ぶ木箱と、使い込まれたカウンター。朝の光が差し込む店内に、今日も馴染みの客が吸い寄せられるように入ってくる。

インバウンドの熱波が街を覆い、目まぐるしく流行が入れ替わる2026年の京都において、越後屋 多 齢 堂が醸し出す佇まいは清々しいほどの孤高を保っている。並んでいる商品は、創業以来守り続けるカステラ、ただ一品。抹茶やチョコといった現代風の派生形はない。季節ごとの限定トッピングもない。ただひたすらに、ひとつの菓子を焼き、切り分け、包む。その愚直なまでの反復の中にこそ、失われつつある京都の手仕事の真髄が息づいている。

品書きは「カステラ」のみ。削ぎ落とされた空間に宿る美学

ガラスケース越しに見える品書きには、実にシンプルな表記が並ぶ。1棹、半棹、あるいは四分の一、八分の一。サイズを選ぶだけの簡潔さだ。初めて訪れた客は、その潔さに思わず目を丸くする。

世の菓子屋が競うように写真映えを意識し、複雑な層構造のケーキを仕立てる昨今、ここには無駄な装飾が一切ない。黄褐色の紙で丁寧に包まれ、細い紐で十文字に結ばれたパッケージは、昭和の、いや江戸の名残をそのまま留めている。過剰な包装を脱ぎ捨てた姿は、中身の確かさに対する絶対的な自信の裏返しでもある。

卵、小麦粉、砂糖、水飴——添加物を拒んだ「引き算」の結晶

原材料を聞けば、拍子抜けするほど素朴だ。良質な卵、小麦粉、上白糖、そして水飴。保存料や膨張剤はもちろん、香料の類いすら入っていない。

長崎のカステラに見られるような底のザラメ糖はなく、全体がどこまでも均一で、ふんわりと柔らかい。口に含むと、現代のスイーツにありがちな油脂の重たさや暴力的な甘みとは無縁の、優しく穏やかな風味が広がる。噛むほどに卵のコクが染み出し、最後はすっと喉の奥へ消えていく。引き算の果てに辿り着いた、飽きのこない極上の日常食だ。

職人の勘と窯の呼吸。マニュアル化を拒む毎朝の手仕事

カステラ作りは、朝一番の生地合わせから始まる。気温や湿度によって卵の立ち上がり方は毎日変わり、小麦粉の混ざり具合も微妙に異なる。決まりきったタイマーや温度計の数字だけでは、この柔らかさは生まれない。

木枠に生地を流し込み、熱が逃げないよう細心の注意を払いながら窯へ送る。職人が五感を研ぎ澄まし、泡切りと呼ばれる作業で気泡を均一に均していく。焼き色の付き方、立ち上る甘い香りの変化。わずかな違和感を見逃さない手練れの勘だけが、あの均一な気泡と黄金色の焼き目を支えている。

バズを狙わない。SNS狂騒曲の隣で守る「常連のための日常」

北野白梅町周辺は近年、観光客向けのカフェや土産物店が急増した。スマートフォンの画面片手に「映える」スポットを巡る旅行者の列が途切れることはない。しかし、この店の扉を開ける人々の顔ぶれは、驚くほど日常的だ。

近所の老婦人が仏壇のお供えに買い求め、天満宮の神職が手土産に包んでもらう。大学の講義を終えた教授が、ふらりと自宅用の八分の一サイズを懐に収めて帰る。SNSでどれだけ拡散されようと、彼らが最優先するのは目の前の常連客たちの穏やかな日常であり、無理な大量生産に走る気配は微塵もない。

「多齢」という名に込められた祈りと、天神さんの門前町の記憶

店名にある「多齢(たれい)」という言葉には、長寿や無病息災への願いが込められている。学問の神様として親しまれる北野天満宮の門前で、かつて参拝に訪れた旅人たちの疲れた体を甘味で癒やし、健やかな命を寿いできた歴史がそこにある。

毎月25日の「天神市」の賑わいも、戦争の混乱も、街の近代化も、この小さな店はずっと同じ場所で見つめ続けてきた。看板を新しくすることもなく、ただ暖簾の煤を払いながら、門前町の一角で歴史のバトンを静かに繋いできた重みが、店内のそこかしこに染み付いている。

薄紙を剥がす瞬間。私たちが本当に求めていた「甘い記憶」

持ち帰った包みを解き、黄色い薄紙をそっと剥がす。その瞬間に立ち上る香ばしさは、どこか遠い子どもの頃の記憶を揺さぶる。淹れたてのほうじ茶や、少し濃いめのブラックコーヒーと合わせる時間は、日常の慌ただしさを一時忘れさせてくれる。

めまぐるしく変化するデジタル全盛の2026年だからこそ、変わらないことの尊さが胸に刺さる。ひとつの菓子を200年作り続けるという営みは、単なる伝統の保持ではない。時代に流されず、自分たちの足元を見つめ続けるという、最も贅沢で誠実な抵抗の形なのだ。 (出典: 越後屋 多 齢 堂(Yahoo!ニュース)

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